知識経済
昨今は、「知識経済が資本主義にとってかわる」 「知識経済の社会が到来する」 などと、いわれることがある。 ただ、私の印象では、知識経済という言葉は、よくきくのだが、それが、具体的に、なにを意味しているのかが、よくわからない。 知識が重要だということであれば、高度な教育機関にいって、知識をえればいいのだろうか? でも、実際に、高度な教育機関にいっても、それでなにが変わるのかといえば、なにも変わらないという実感がある。 まあ、それでも、知識を得るということ自体には、なんらかの価値はあるのだろう。しかし、それは、昔から、そうではないか。 なにが変わったというのだろうか? 資本主義では、 お金をもっているというだけでは意味がなく、社会に投下して、はじめて、資本となる。そういう資本が、あらたな富を産んでいくのだという。 そうすると、知識経済では、 知識をもっているというだけでは意味がなく、知識を社会に投下して、はじてめて、知識資本となる、と言えそうだ。 知識資本が、あらたな知識を産んでくれるのだろうか。- 次のページへ:弁護士に依頼することで差押などが出来なくなる
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